富士の人穴草子
(日本文学大系「お伽草子」による。振り仮名省略。入力:菊池真一)
富士の人穴草子
抑承治元年四月三日と申すに、頼家のかうのとの、和田の平太を召して仰せけるは、「如何に平太、承れ、昔より音に聞く富士の人穴と申せども、未だ聞きたるばかりにて、見る者更になし。さればこの穴に如何なる不思議なる事のあるらむ、汝入りて見て参れ。」と仰せければ、畏まつて申す様、「これは思ひもよらぬ一大事の御事を仰せけるものかな。天を翔くる翼、地を走る獣を獲りて進らせよとの仰せにて候はば、いと易き御事にて候へども、之は如何候べきやらむ、如何にして人穴へ入りて、又二度とも立返る道ならばこそ。」と申上げければ、頼家重ねて是非共と仰せありければ、御意を背き難くて、二つなき命をぱ、君に参らせむとりやうしやう申し、御まへをこそ立たれける。義盛の宿所に参り「聞召せ、平太こそ君の御望みを承りて、富士の人穴へ入り申し候。」と申す。義盛、聞召し、「それ大事の御望みや、しぜんの事のあるならば、死せむず事は一定なり。人をも連れて行くべき道にあらず、唯一人入りべき。」とて、涙を流し給ふ。稍ありて、義盛仰せけるやうは、「あひかまへて平太殿、高名したまへ、我々が一門の名ばしくだし給ふな。」と仰せければ、「承り候。」とて、涙を浮べてありける処に、あさいなの三郎来りて、此の由を見るよりも、四尺八寸ありけるいか物造りの太刀を佩き、はゞきもと四五寸くつろげ、膝の上にかき乗せ、平太をはたと睨んで、「汝ほど、男がましき者、世にあらじ、日木国の諸侍の見る所にて、泣き顔人に見する事こそ未練の次第なれ、あれ程の臆病者を一門の中に置けぱ、それにひかれて臆病になると申すことある、そこもとまかりたて。」と申す。半太聞きて、「如何にあさいな殿、臆病なりとも、人穴を見ずば、まかりかへるまじきなり、御心やすく思召すべし、あさいな殿。」とていでにけり。あさいな聞きて、から/\と打笑ひ、「されども平太殿、はしる馬に鞭と云ふことあり、千入に染むる紅も、染むるによつて色を増す。なにがしもみつぎたくは思へども、たゞ一人さされたるあひだみつがぬなり。あひかまへて、此の度は高名をして、我々が一門の名を挙げ給へ。」と云ふ。平太その日の装束は、いつよりもはなやかなる。肌には白き帷子の脇深くとかせ、みなじろおりて一重、中白の直垂の裾を結んで肩にかけ、袴のくゝりを高く結ひ、白銀の胴金に、赤木のつかに金覆輪かけさせ、だみたる扇を差しそへて、赤銅造りの太刀二口重ねて佩き、明松十六もたせ、人六人連れて、君の御前に参りて御暇申し、諸国の侍達へ暇申す。『三日と申す午の刻に帰り申すべし、それ過ぎ候はば岩屋にて死したると思召せ。」と申す。すでに岩屋に入りにけり。諸人これを見て、「天晴弓矢とりの習ひ程、世に哀れなる事はなし。とえ、皆々申す許りなり。さて岩屋の中へ一丁許り入りて見れば、口より火炎を出したる蛇すのこをかきたるが如くなり。それを飛び越え/\行きて見れば、腥き風吹きて、恐ろしき事限りなし。傍を見れば、年のよはひ十七八なる女房、十二一重を引重ね、紅の袴をふみしだいて、三十二相をぐそくして、たけなるかんざしは、せいたいかたていたに、こほろぎのすみをすりながしたる如くなり。白銀の機あしに、黄金の杼をもつて機を織り給へり。かりようびんなるこわねにて、「何者なれば、我か住みかへ来れるぞ。」とありければ、平太承り「鎌倉殿よりの御使にて、三浦の一族、和田の平太と申すものにて候。」と申す。女房聞召して、「たとへ何の御使なりとも、自らが前をば通すまじきなり、それ犯して通るならば忽ちに命を取るべし、これより帰り給へ、自らばし恨み給ふなよ。それを如何にと申すに、汝は既に仏法にてきをなしたりしもるやのだいしには九代の末なり。」と仰せも果てぬに、岩屋の奥より風吹き出で、一もみもんで吹くかと思へば、たちどころもたまらず、岩屋の口へ吹き出されて、大童に吹き乱されて、やう/\立ちあがらむとする所に、岩屋の内よりからびたる声にて、「汝が年は十八歳なり、三十一といはむ春の頃、信濃の国の住人、和泉の三郎と申す者にかたらひて、故なき謀叛を起して、うたれむ事は一定なり。」と呼ぱはりて、雷電しければ、恐ろしき事限りなし。
さて岩屋より罷り帰りて、鎌倉殿へ参り此の由を申し、岩屋の不思議ども様々に申しければ、鎌倉殿、岩屋の奥を見む事を所存に思召し、「国の内に空所四百町の所あり、御判をなして、岩屋の奥を見たらむ者に、下さるべき。」と、ふれちやうありければ、皆人申しけるは、「命ありてこそ、所領も望みなれ。」とて、更に入るべきと申す者なし。斯かりける所に、和泉の国の住人、新田の四郎忠綱と申す者、此の事を承り、心の内に思ふ様、「所領千六百町持ちたるなり、今四百町賜はりて、まつはうますわか二人の子供に千町づゝとらせばやと思ひ、鎌倉殿へ参り、御前に畏まりて申しけるは、「忠綱こそ御判をなして、富士の人穴へ入りて見申し候はむ。」と申す。鎌倉殿聞召され、御悦びは限りなし。忠綱宿所に帰りて、女房に語りけるは「頼家の敕を蒙り、富士の人穴に入り申すべく候、岩屋の内にて死したるとも所領二人の子供に、千町づゝとらすべし、松杉を植ゑしも、子供を思ふ習ひなる。如何に諸国の侍達の、忠綱憎しと思ふやらむ、よしそれとても力なし、我等に限らず欲は人の習ひなれば、ふかくにはあらず、人穴見ざらむ程は帰るべからず。」新田が其の日の装束には、肌には白き帷子の脇深くとかせ、きせいかうの大口の直垂の裾を結んで肩にかけなし、打烏帽子に鉢巻し、袴のくゝりを高くよせ、もうふさ造りの太刀に、白銀の鞘巻したる腰刀、つま紅の扇を差し添へ給ふ。伊豆の国の住人、工藤左衛門の尉亮盛をぐそくして、明松三十もたせ、「七日と申さむに帰り候はずば、岩屋の内にして死したると思召し候へ。」とて、すでに岩屋に入りにけり。五丁許り入りて見れば、何ものもなし。太刀を抜きて、四方を打払ひて見れども何ものもなし。また五丁ばかり行きて見れば、日本の如く月日の光あらはれたり。又二丁許り行きて見れば、すこし松原へ出でにけり。その地の色は五色なり。こゝに川あり。只今人の渡りたると思しくて、足の跡見えにけり。この川渡りて見れば、東に堂あり、それを通りて見れば、只今人の渡りたるとおぼしくて候。二丁ばかり打過ぎて見れぱ、八つ棟造りの唐の御所あり、ひわだふきにぞしたりける。さて柱をば錦を以て包みてあり。御所の内へ立入りて見れば、心も詞もおよばす。軒の玉水の落つる音は、琵琶をひくにぞ似たりける。風音は簫、篳篥にも似たりけり。とる事をもきくときは、しやうしむしやうの夢醒めて、面白きこと限りなし。蓮華の開くを以て昼と知り、萎むを以て夜と知り、さて丑寅へすこし道あり、見れば黄金の光堂有り、錦を以て天井を張り、同じく金色に錦をもつてつゝませ、又黄金の鈴をさげにけり。鈴さやづる音は、妙法蓮華経、序品第一より始めて、一部八巻二十八品相違なく唱へける。鈴の響を聞けば、祇園精舎の鐘の声も斯くやらむとぞ覚えけり。猶丑寅へ行きて見れば草も敷けり、又北の方を見れぱ、池あり、池の中に島あり、島の上に閻浮提金の黄金の光堂の八つ棟造りあり。心も詞も及ばれず。さて島より陸地へは八十九間の橋あり。一間に一つ宛、鈴をさげられたり。何れも黄金の鈴なり。一番の鈴が妙法蓮華経と唱ふれば、それははじめて八十九の鈴とも、一部八巻二十八品の文字の数を、一字もおとさず唱へけり。その中に鈴一つさやづる妙怯蓮華の経文なり。ちうらせつによ、三十番神、この御経の功力を以て一切衆生を悉く九品の浄土へ迎へ給へと唱へけり。池の水色五色なり。新田、島に近づきて見れば、内よりからびたる声音にて、「何者なれぱ自らが住家へ来れるぞ。」と仰せあつて、立出でたまふ御姿を見れば、その丈、十丈許りなる、頭に十六の角を振り立てて、口より吐き出だす息は、百丁許り上りける、舌は紅の如くなり。新田これを見て、恐ろしき事限りなし、大音挙げて申すやう、「鎌倉殿よりの大臣には十三代、和泉の大納言にて十二代、新田の四郎忠綱と申す者なり。鎌倉殿よりの御使にこれまで参りて候。」と申す。大蛇聞召し、「されば頼家は、汝を遣はし、自らがそうかうをみする事、ひとへに頼家が運の極めと思ふなり、さりながら汝が持ちたる太刀を自らに得させよ。」とありければ、新田承つて、四尺八寸の太刀を大蛇に参らせける。「刀をも得させよ。」とありけれぱ、黄金作りの刀を鞘をば爰に留めて、身許り抜きて奉る。大蛇太刀と刀を六ごんに御納め御悦ぴは限りなし。その後宣ふやう、「されば頼家は、日本の主なればとて、しれたることをするものかな、されどもこの太刀を得さするあひだ、しやうじのねぶりも醒ぬぬべし。」と、御悦びあつて、毒蛇の御姿をひきかへて、十七八の法師の姿になり給ふ。大菩薩、仰せけるは、「日本の衆生は、地獄、極楽をば音に聞けども目に見る事あらじ、いざや六道を見せむ。」とて、赴き給へり。「如何に新田承れ、地獄ふきやうは六人有り、第一番には箱根の権現、第二番には伊豆の権現、第三番には白山の権現、第四番にはみづから、第五番には三島の権現、第六番には越中の国の立山の権現、之は無間地獄の主にて在します。さればふきやうにはなされたる者は助かり難きなり。先づ賽の磧を見せむ。」とて立ち出で給ふ。こゝに磧あり、此の磧に二つ、三つ、七つ、八つ、十二、十三許りの幼き者共が、幾千万とも数知らず竝み居たり。かの磧に幼き者が、石の塔を組み上げておけぱ、悪風出でて吹き散らす。それを集めて組まむ/\とする所に、傍より火炎出でて、石も磧も焔に燃えけれぱ、幼き者共ほの/゛\苦患の悲しみに、逃げむとすれども逃げもやられず、父よ母よと叫べどもその甲斐もなかりけり。さて焔に燃えて白骨となる。やゝはる/゛\ありて、地蔵菩薩は錫杖をもつて掻き寄せ/\て、もんに曰く、「けんさいみらいしゆはつこつ、おんこん、ふそくによらい、いちごん、ふてう、たさいしよあく、たうと。」このもんを唱へ給へば、もとの形になりにけり。新田申しけるは、「あれはいかなる罪のものにて候。」と申す。大菩薩聞召し、「あれこそ娑婆にて、親の胎内に宿り、九月がほどの苦しみを母にさせて、親となり子と成りてその報恩をもおくらずして、空しくなりたる者が、あくを受けて、九せんさいなり、母の流す涙たまりて血の池となるなり。」又すこし行き過ぎて見れば川あり。三途の川とは是れなり。かの川のはたに、其の丈、十丈許りのうば御前おはします。眼は車輪の如く、上の歯が八十ゑ、下の歯が百二十ゑなり、水晶に異ならず。罪人の衣裳をはぎ取りて、ひらんしゆのきにかけ給ふ。ほんぢは大日如来の化身なり。此所を過ぎて見れば山あり。死出の山とは是れなり。登るにも劒、とゞまるにも劒なり。登るべきやう更になし。斯かりける所に、呼ばはる声こそ、凄まじく聞えける。新田これを聞き、「あれは如何なるものにて候。」と申す。権現聞召し、「あれは人間死ぬれば、必ず神魄、魂魄とて二つの魂ありて娑婆にて心ざしをするとき、魂魄がはりの上にあがりて「山路を距てたる神魂につぐるやうは、今日娑婆にてふつじをするなり、急ぎくじやうしむに申して、ぜんのふだにつけたまへと云ふ。神魂聞きて請取り、帝釈にまゐり、今日娑婆にてふつじをつかまつり候が、然るべくは、極楽へ迎へ、ぜんのふだにつけ給へ。」と申す。又こゝに罪人共に、重き石をつけて獄卒ども鉄杖をもつて、呵責し、劒の山へ登れ/\と責むるなり。新田これを見て、「あれは如何なる者にて候。」と申す。権現聞召し、「あれは娑婆にて商ひを致し、馬、牛を不便と思はず、重き荷をつけ、責め殺したる者なり、能く/\娑婆にて触れよ、物云はぬとて重き荷などつくべからず、其の馬卻つてあはうらせつとなりてせむる事、一百ざいのあひだなり。」又傍を見れば、罪人を鬼共が、なつきより八尺の劒を打貫して、劒の山に登れ/\と責むる。なつきよりも流るゝ血は紅の如くなり。「これは親、主の命をそむき、所々にすみけるものなり。いかにも親、主の為に後暗く振舞ふべからず。」また西の方を見れば、波水の打ちて、罪人共多く通り候はむとすれども、更に行くべきやうなし、鬼共鉄杖を以て、散々に打ちはつて、通れ/\と責むるなり。「之は何にて候。」と申しければ、「あれこそ娑婆にて物参りなどをする者に、せきをすへ、きつくあたりたるものなり。能く能く心得べし、只、人は慈悲を心にかけべし、肝要なり。」又ある罪人を鉄の縄をかけて、ふし八十三のをりほねに長さ三尺ばかりの釘を打ちて、呵責するものあり。「これは娑婆にて、けんたしよくをもちたるものなり。娑婆にてふれよ、けんたしよくをもつ事勿れ、罪深き者なり、能く/\心得べし。」又こゝに六道あり。六道の辻に衣を著したる法師あり。此の法師の御前に罪人共集まりて、助け給へとて竝び居たり。彼の法師にはなされたる者をば、鬼共がさいなみ、地獄へおつるなり。新田、「あれは如何なる法師にて候。」と申す。大菩薩聞召し、「あれこそ六道のうけ地蔵菩薩とて、慈悲深き仏にておはします。汝娑婆に帰りて、南無地蔵菩薩と唱へ申すべし、必ず極楽にむかひ給ふなり。」新田承り、「六道とは何事にて候。」と申す。権現聞召し、「地獄道、餓鬼道、畜生道、修羅道、人道、天道とて、六つの道あり。」と仰せけり。又こゝに罪人のありけるが、中には男、右左には女なり。彼の二人の女のかしらは、ひとのごとく、五たいへいなり。男を呑まむとて、紅の如くなる舌を振り立て、又二人して奪ひ合ふ。「これは娑婆にて二途をかけたる男が、二人の女に物を思はせたる者なり、返す/\も二途をかけたる事勿れとふれよ、三百年の間、苦しみを受くるものなり。」又ある罪人を見れば、目の玉を抜きて、足を鋸にてひかれおる者あり。「之は親の枕を踏み、又親を踏みなどしたる者なり。すこしも親、主などを疎かに思ひ候はむとする者は、軈ててんとうの御はつと蒙り、死しては無間地獄におつる者なり。」又ここにある罪人に、長さ一尺の釘を打立てて、さいなまるゝ者あり。「これは親、主の為に、後暗き者なり。仮初にも親、主などを疎かに思ひ申すべからず、心得べし。」又ある罪人に縄を千筋許りつけて、ひつはつていてたり。新田、「あれは如何なる罪人にて御座候。」と申す。権現聞召し、「あれこそ、上野の国に鎌田の荘に臼井の尼とて有りけるが、人の善くなる事をば猜み、悪しくなるをば悦び、朝夕下人などにもよく物をもくれず、伺事にも肝を入り、叩きさいなみ、つらく当り、堂々寺々へも詣らず、僧法師の一人も供養する事もなし、朝夕せいろの営み許りかせぎ、みりより許り思ひ、しびの志少しもなく、死ぬべきを知らず、わが儘にふとうに参りたる者なり、人の善根などを致せるを聞きては、後の世を厭はむより、当座のせしやうをすきよかしなどと、けつくおしべしたる尼なり、少しの者の罪をこそ、十わうのさんだむにこそかゝれたり、この尼をば直に無間地獄へ堕さるゝ。」新田承り、「男の地獄へおつることは稀なり。只多くは女が地獄へおつるなり、されば女の思ふ事ぞ、あくこうより外は心に持たぬなり、女の胸の間には、愚癡妄念より外はもたぬ者なり。こうのむしの泣く涙積りて、月の障りとなるなり。されば男の女に近づかざる日が一年に八十四日なり、斯様の事をも弁へずして、善根を致さぬ事こそあはれなり。女に生るゝ一人は、悪人より外は生れざるなり、能く/\心得べし、たゞじひを、朝夕物事に哀れを思ふべし。」又ある傍を見れば鉄の山の上に、墨の色なる入道居て、千万共数知らず竝び居たり。天には鉄の網を張り、獄卒共か火を焚きて、この入道をひつぱつて、あぶる事限りなし。「彼の罪人共如何なる者にて候。」と尋ね申しければ、権現聞召し、「あれは娑婆にて乞食致し、万の人を貪り取り、たうとげに見え、我が儘に振舞ひたる入道なり。あの苦を受けて五十劫をふるなり。新田よく/\承れ、能もなからむ出家などは、田畑を作り、年々の年貢をちとうへさくはい、其の残りを以て、しんめいをすぎ、人にも少し施し善根をも致し、堂々寺々などへも参り候はむと、稼くべきものなり。浮世許りの住家、後の世は、あの世と思ひ合はせて、後生を願ふべし。」又こゝに火の車に乗りて来る者を、鬼共が請取りて火の牢へ入れて、四方より劒を以て、さしとほしせむる者あり。新田、「これは如何なる者にて候。」と申す。権現聞召し、「あれは遠江の国々、そてどのの宮の禰宜なりしが、神には香花をも手向け申さず、神の所領をば貪り取り、妻子を扶持し、祭などをも致し候はず、それを少しも心許なく思はず、我が儘に振舞ひ、みやうり許り思ひ、神の御ふうくうを少しも致さず、神の所領をつやし、恩をも送り申さず候者なり。」又傍を見れば、舌を二尋ばかり抜き出され、をめき叫ぶ罪人あり、「これは娑婆にてありしとき、地獄おそろしきとて、帰りたるものなしと云ふ者なり、大無間におとさるゝなり、かやうの事を聞きては口を閉ぢ、耳を塞ぎ、聞くべからず、よく/\心得べし。」又こゝに衣を腰に巻きつけて、むげんのはたを這ひ廻り、ふみはづしておちむとする法師あり。「これは娑婆にてありしとき、仮名の一字も知らずして、物識り顔をして、仏法には入りたれども、海の魚の塩に染まぬ風情とやらむ、内心には、人の目をくらまかもし、当座の事ばかり思ひ、後生の道をば、ゆめ/\に思ひよらず、物事にうろんの身にて、我が儘に振舞ひたる法師なり。」又、ある傍を見れば、瓔珞の鈴をつらね、輿に乗りたる女房の、金色のはたをささせて、大日の風に任せて、諸仏達、十二の菩薩達のきかくをとゝのへ、おの/\やうこうしたまふなり、天地を翻し、浄土へ参る女房あり。新田、「これは如何なる女房にて候。」と申す。大菩薩聞召し、「あれは常陸の国と、奥州の境、磐城の菊多の郡、上田にある女房の、富貴の家に生れ、五戒を保ち、三宝をたしなみ申し、心に慈悲をもち、さむげなる者には衣裳を取らせ、ひだるげなる者には食を与へ、仏の御前にては、香を盛り、花を摘み、念仏一三まひにして、せきやうをひき、後生を大事と思ひたるものなり。娑婆にてふれよ、仮初にも悪しき事を云はず、慈悲をもち、後生を一大事に思ひ申すべく候。今生はたゞ夢の如し、遂に住家は地獄なり。」又こゝに衣を著たる入道を、鬼共が火を焚きて、四方へひつぱつて、あぶるなり。「これは娑婆にて、人の志を受けて、ろさいをいたし、人より先にその座を立ち、経をも読まず、座禅得道をもいたさず、ねむさとて寝たる出家なり、能もなき出家は、せめて心のたしなみが肝要なり、よく/\心得て人々にふれよ。又ある罪人を鬼共がふせて、口をひきさき/\、口の内へ朱の血を汲み入れけるところあり。飲まじとすれども、鉄杖をもつて、打擲するなり。これは娑婆にて酒などを飲み残して、しせをも知らず、大地へうちこぼしたるものなり、物事によく/\しせを思ふべし、後生の障りとなるなり。」又こゝに罪人を、両の眼を錐にて揉みさいなまるゝ者、幾千万とも限らず。「これは人の眼をくらまし、盗みをいたし、空事など申したる者なり。如何に新田承れ、釈尊の遊ばしたらむ御経を一字も口に読みたらむ者は、成仏疑ひあるべからず、今生にては物の一字も知らずして、たゞ暮す人が盲目となるなり。又女房の月の障りに成りて、腹をあふるべからず、大無間におつるなり。能く/\心得べし。」罪人を雪降り積り、氷の如くきらめく池へ、打入れておけば、あら寒むやとて、をめき叫ぶ罪人あり。「これは山賊、海賊をして、人の衣裳をはぎ取り、物事に心の曲りたる者なり。かやうの苦を受けて、五十劫をふるなり。」又こゝに尼のありけるが、腹や腰骨に釘を打たれて、目鼻より血を流しをめき叫ぶ尼あり。「これは若き時、尼になりて、後悔して、男をして、髪をおやし、子をまうくるものなり、娑婆にてふれよ、尼にならぱ心のたしなみ肝要なり。」又ある女房に腰の骨に釘を打たれて悲しむ者あまたあり。「これは男多くしたる女なり。ぞうして男をしたる数程、腰骨に釘を打たるゝものなり。」又傍を見れば、十二一重を飾りたる女、岩の上に立ちて腹をひきさき/\、くひすてて、骨許り残りて、をめき叫ぶものあり。「これは娑婆にて、傾城をたてて、万の男をむさぶり、あるひは僧法師をおとし、顔をさらし、人々によく思はれむと許り思ひたるものなり、裟婆にてふれよ、きみばしたつるなよ、罪深き事なり。」またある所を見れば、女房のありけるが、顔ばかり火炎のうちへ差入れて、焼け焦るる女房あり。これは娑婆にて、飯を盛り申せしとき、人のくるをいとひて、いたびつのうちへ顔を差入れて、もちあけずして惜しや/\と思ひたる女房なり。かやうの苦を受くるものなり。飯もなくば、くはせずとも、人の来らむをばとめて、物をも食はせ、茶をも飲ませ、もてなし候べし。」又こゝに女の有りけるが、髪の長さ百丈ばかりにおやして、髪のうらは火炎に燃える女あり。「これは人の髪の長さを羨みたる女なり、夢々かやうの事を思ふべからず、罪深き事なり。」又女の頭に釘を隙間もなく打ちてをめき叫ぶ所あり。「これは我が髪のおつるを悲しみたる者なり。」又子を一人も持たざる女房が、無間におとさるゝもあり、能く/\後生を願ふべし。」又ある罪人に鉄の串をさして、鬼共か火を焚きてあぶるものあり。「これは親にもなき者を親として、育てられたる者が、その報恩をも送らずして、いたづらになしおきたるものが、この苦を受くるなり。」又こゝに罪人を手足を切り割き、をめき叫ぶものあり。「これはようもなき木茅のうらを切りさき、万のものの命をとめ、朝夕殺生ばかり致したる者が、かの苦を受けて五十ざいをふるなり。」又ある傍を見れば、こゝに餓鬼あり、腹は太鼓の如く、首は糸より細く、頭はしやみ山の如く、泣かむとすれども声出でず、食物を目の前に置けば、火炎に燃えてくらはれず、物ほしや/\と思ひて、五十劫をふるなり。「これは財宝を持ちながら、なきよ/\、欲しやと思ひ、われらも食はず、人にも物をもくれず、あけくれせちべんをして、物ごとにいやしきばかりに心を持ちたるものなり、たゞ人は富貴の家にあらば、人にも施し、善根をもすべし、此の世にあるときの形にて、夢にも見ゆるなり、よく/\心得べし。」又ある罪人の口に米を含ませて、口を縫ひ塞がれて、鼻の腔より米をこぼし、をめき叫ぶ者あり。「これは人の米を盗み、わが身一つとも思はず、妻子などにくれたるものなり。鼻の腔より出す米を見れば、鉄のまろがしなり、たゞ人はかりそめにも心の曲りたるものは、成仏する事なし、よくよく心得べし。」又爰に罪人の口を引きさき、両の頬に長さ八寸の釘を打たれて、悲しむ者あり。「これは人によりあひ、人の噂をいひ、又は人の中を云ひさまたげたる者なり。少しも人の上を悪しく云ふ事勿れ、罪深きものなり。」又こゝに草紙多く見えたり。新田、「これは如何なる草紙にて候。」と申す。大菩薩聞召し、「あれは三河の国にひうたの郡に在りける者、我が善根を草紙に書きて置けり。この夫婦の二人の為にとて、九品の浄土に、黄金の光堂を建て給ふなり。」
総じて、一百三十六地獄を悉く見せ給ひけり。畜生道の苦患浅ましきことは申すに及ばず、天を翔くる翼、地を走る獣に至るまで心安き事なし。又こゝに罪人に重き荷をつけて、長さ十二丈許りの劒の上へ登れ/\と責むる所あり。登らむとすれども、寸々に切れて落ちて行くなり。新田、「これは如何なる者にて候。」と申す。権現聞召し、「あれは故なき人をかどいてうり、わが身許りとも思はず、妻子を扶持し、その親兄弟に欺きをさせし者なり。かりそめにも人のものを盗り、後暗きはかやうの苦を受くるなり。」又或る罪人を見れば、腰より下を血潮に染め、腰を釘にて打たれ、前よりあはうらせつ劒をもつて、斬りおとす。見れば女なり。「これは娑婆にて、男によく思はれむとて、懐妊する事を口惜しく思ひて、子をあらし捨てたる女がこの苦を受けて、一万三千年苦を受くるなり。」又こゝに顔ばかり人の如くにて、五体は馬牛のやうなるものにてあり。「これは娑婆にて、或は、兄弟、親、親類等に思ひをかけたる者なり。畜生道へおとさるゝなり。かへす/゛\かやうの心持あるべからずと云ひ伝へよ、又殊に尊き出家などを、おとしたる女房なり。よく/\心得べし。又修羅道の苦患は、あけくれ人をきりはり、人に斬られ、敵を斬り斬られ、ことごとく申すに及ばず、苦しみを受けて二千歳を経るなり。」
さて、閻魔の庁を見せむとて赴き給へば、銅の扉の内に大王おはします。この堂をはじめとして、数多の御堂あり。十王一代に一つ宛なり。善根をする者をば、くしやうしむうけとり、黄金のふたにつけ給ふ。罪人をもちやはりの鏡にひさむけて、御覧ずれば、七歳の年より作りし罪の曇りなく、鏡の内に明らかに見ゆるなり。争ひ申すに及ばず、そのさんたむのあひだは、鬼十王の御前に畏まつて待ち申す。「罪の深き者をば、急ぎこなたへ渡し給へ、受取り申さむ。」と声々に申す。その時、罪人、頭を地につけて申すやう、「娑婆にありし時より、一心に頼み申すなり。われを助け給へ。」と申す。十王仰せけるは、「はかなの者共や、なにとて、娑婆にて仏の御名を唱へ申さぬものか、かやうに責むるも、別のものにてはなし、汝が作りし罪咎今かへりて身を責むるなり。」と、一々に仰せけり。「さりながら娑婆にて子の一人も持ち申したるが、弔ひなどをもいたしやせむ、待つべき。」と仰せけり。さりながら、娑婆にて、子の一人も持たぬ罪人をぱ、鬼共が受取りて、地獄へおとすなり。又傍を見れば、臼に入れて搗くもあり、報いの罪によりて、斬りさいなまるるものもあり。或は火の牢へおしこむる所もあり。火の車に乗せらるゝもあり。又大紅蓮のこほりにしづむもあり。劒の山へ追ひあぐるもあり。又釜に入れて煮るもあり。劒の先にて刺し貫き責むるもあり。弓矢をもつて追ひ廻し、色々様々、その身その者の罪によりて、地獄、餓鬼、畜生道、修羅道へおとさるゝ。また中にも物を知らぬそうほうしが、人さたばかり尊げに振りをして人の施物を受けたる者が、とりわけ地獄におつろなり。出家によく/\伝へよ。又死にたらむ人の後をば、よく/\弔ふべし、必ず七日々々を待ち給ふ。それにも弔はねば、百箇日、又一周忌まで待ち給ふ。それにも弔ひ申さねば、鬼共が申しけるは、「か程に罪深き者共を、さやうに御待ちあらむには、いつまで待ち申すべし、受取り申さむ。」とて、声々に申す。十王、いかにしても不憫にて候程に、鬼の手前へ渡すまじきと思召し、「七年忌をすることもあり、待ちて見よ。」と仰せけり。畏まつて、待ち申す。それにも孝養することなければ、十王仰せけるは、「もし十三年忌をすることもありやせむ、待ちて見よ。」とて待ち給ふ。その間に、罪人娑婆にて弔ひするやらむと、今や/\と待ちにける。それにも孝養せざれば、十王力及ばす、罪人を鬼の手前へ渡し給ふ。その時、罪人共、十王を恨めしげに見参らせ、「血の涙を流し、我を助け給へ。」と申せども叶はず、作りし罪の報いなれば、地獄へこそおとされけり。大菩薩聞召し、「如何に新田承れ、善根をするとても、心に染まぬ者が鼻に釘を打たるゝなり。又男の善根を致すを女房が腹を立ち無益と云ふ、その気にまかせて、善根を致さぬ者が、火の車に乗り無間へおつるなり。女房の首に鉄の綱をつくるなり。かやうに苦を受けて五十劫をふるなり。夫婦の中に、一人無道心なる者あれば、それに引かれて地獄へおつるなり。女の愚癡無道心をば、やがて捨つべし。いかにもよく/\承れ、この世は一だんの夢の世なり。後の世は地獄なればおろかに思ふべからず、善根の道に入り候はむ事をすこしも惜しみ思ふべからず。」大菩薩仰せけるは、「十王さんたむをも見せ、いざや極楽浄土を見せむ。」とて赴き給へば、爰に黄金の掛橋あり。「この橋は千人の渡り候」とて、新田をひきぐして渡らせ給ふなり。即ち浄土へ参るなり。光明くわくやらんとして、鮮かなり。花の輪、四方の梢を竝べ、いきやう薫じて面白き事、詞にものべがたし。仏のつぼを見せむとて、阿弥陀のつぼ、釈迦の住家、薬師の住家、勢至の住家、地蔵の住家とて、仏の住ませ給ふ所を、いち/\に拝ませたまひけり。「汝に拝ませたる地獄、極楽を、みづから草紙にかきて取らするなり、左の側に納めて、三十一の年、伊豆の山にて日本へ披露すべし。地獄、極楽と雖も、眼に見る事なしと云ふ者に、此の草紙を見すべし。あひかまへて、みづからばし、語るなよ、これを背きて、語るならば、汝をも、頼家をも、命を取るべし。三十一と云はむ時まで、この草紙を頼家に見すべからず。いさや日本へかへさむ。」とて、七日と申す時、岩屋の口へ出で給ふ。そのまゝくれにうせ給ふなり。
偖、新田、君の御前に参りければ、大名小名、やう集まりて、死したる者の甦りたる様にさゞめき渡り、君の始め、上下おしなべ、よろこび合ひ給ひけり。新田、岩屋のやうたい申さむとすれば、大菩薩の御罰も当るべし。申し上げまじき由、存じ申し候て、ちゝと申し候へぱ、鎌倉殿仰せけるは、「いかに新田神妙なり。偖、岩屋の内には、如何なる不思議やある、とく/\申せ。」と仰せけり。新田申さむとすれば、大菩薩の御罰も蒙るべし。申さねば君の命をそむく、又かねてより申さむと申したる甲斐もなし、命をば大菩薩に取られ申すとも、語らぱやと思ひ申し、岩屋の不思議、いち/\に申しける。まことにふるなの弁舌とやらむもかくやらむとぞ、みな/\申されける。新田岩屋の事を申しもはてぬに天に声ありて、呼ばはりけるやうは、「みづからがそうこうを語るあひだ、蹴殺すなり、おなじく頼家が命も取るべきなり。」雷も鳴りをさまりて、くれにうせにけり。
此の草紙を聞く人は、富士の権現に、一度詣りたるに当るなり。能く/\心をかけて疑ひなく、後生を願ふべし。少しも疑ひあれば、大菩薩の御罰も蒙るなり。いかにも後生一大事なりと思ふべし。御富士南無大権現と八遍唱へべし。
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深沢秋男 MAIL: kinbun@rivo.mediatti.net
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