花みつ
(日本文学大系「お伽草子」による。振り仮名省略。入力:菊池真一)
花みつ
尊氏将軍の御時、既に一天下親子になり給ひしかば、尊氏都にこらへ難くして、筑紫をさして落ちさせ給ふ所を、菊池大勢にて追ひかけ奉る。尊氏の御勢僅に一千余騎には過ぎざりし。されども御運いかめしく鞴浜の合戦に打勝ち給ふ。其の故は赤松の妙善律師則祐といふ人、手を砕き合戦し、高名大きに勝れたり。されば赤松は播磨十六郡を賜はりて、入国のいこくはつ申すに及ばず、一族若党其の数を知らず。こゝに岡部といふ新参の者一人侍り、器量骨柄人に勝れて文武二道の兵なり。しうしんのぎもよく心に相叶へり。しかれば播磨西八郡を賜はつて、草木を靡かしたまひけるが、一人の子をもたずして、ある時心に思ひけるは、申子をせばやと思ひ立ち、軈て女房は法華寺に参り、岡部は書写山に参籠申し、深く祈請を申しける。七日に満ずる夢に莟める花を一房賜はるに、青き葉の風に散ると見て、夢はさめにけり。さては子を賜はらむ事は疑ひなけれども、妾がはかなくならむよと、思ひながらも下向する。岡部か見る夢にも盛りなる花一枝賜はるとありければ、青き葉の風に散ると見る程に、われに子を賜はる事は疑ひなけれ共、葉の散ると見る事の心もとなけれと、思ひながら下向する。程なく女房懐妊して産の紐をぞ解きにける。男子なりければ斜ならす喜うで、名をば花みつ殿とぞつけたりける。
かかりける所に、赤松殿、岡部を召して仰せけるは、「われ三年三月の大番を仰せ下されたり、某上るべけれども、御辺某が苗字を名のりて御番勤めよ。」とありければ、「主の苗字を許さるゝ所面目これに過ぐべからず。」と、急ぎ都へ上り御番を受取り、日数を送りゆく程に、傍輩の方より、「暫く在京の程召使はれ候へ。」とて、優なる女房を一人遣はしけり。心ざま人に勝れければ、岡部在京の程愛して比翼連理の思ひをなしければ、程なく子を一人まうけたり。比は九月十三夜の事なれば、月によそへて月光とぞ名づけける。
大番も過ぎければ、月光同じく母上を相具して下り、始めて家を作り、あたらし殿とぞ申しける。花みつが母にも劣らずもてなしけり。やう/\月日を送りゆく程に、花みつ十歳になりける時、岡部思ふ様、赤松殿は久しくわが殿の御一族なれば、大殿久しくわが殿の奉公仕りけり、二人の者共を相具して其の時ゆひがひなく振舞ひたらむ時は、主の恥、我が家の恥ぞかし、思へば山寺へも上せばやと思へども、万の事共案じける時、書写山へまゐらばやと思ひ、花みつをば輿に乗せて別当の御房へぞまゐりける。別当守護代御上りとて座敷を飾り、宝物を調へ待ちける程に、花みつの輿をぱ縁近くかかせけれぱ、別当も同宿も怪しく思ふ所に、年の齢十歳ばかりと見えたる児の色白く美しきが、色小袖にこ精好の大口たわ/\と著なし、薄化粧したるが輿の内より出で給ひければ、別当喜びて、やがて坊中の児達を請じ、座敷の体美々しく見えけり。杯三献に及びければ、少人を初めとして打乱れ、既に酒盛になりければ、別当既に酩酊して、酒を飲み得ず。岡部心に思ふやう、花みつを児に請へかし、請はればこのまゝなりとも置くべきものをと思ひければ、別当に酒を強ひて、「今一つ聞召せ、御所望のこと御座候はば、何事にても承り候へ、奉公申すべき。」といひければ、別当、酒たふ/\とうけて、「法師は別して何も所望にも候はず、只今これに御座候少人は、定めていづかたへも御約束候はむずれども、暫くの間、別当に御預け候へ、後見申したく候。」と仰せければ、岡部一往は辞退しけるが、再遍に及びければ、仔細なしと領承しけり。別当余りの嬉しさに三杯飲みて、花みつ殿に思ひざして、其の杯を祝著して、われ又飲みて岡部にさしけり。色々の芸能をつくして、既に酒盛も過ぎければ、岡部花みつを呼びて、「汝はこのまゝこれに在るべし。」とて、若党小廝を相添へて置きけり。さる程に岡部下向して思ひけるは、今は月光もいかに羨ましく思ふらむとて、吉日を選みて同じ坊へぞ上せける。さる程にこの児達は成人するに随つて容顔人に勝れ、芙蓉のまなじり鮮かに、青黛の眉麗しく、丹花の唇うつくしく、翡翠の髪ざし、誠に以て濃やかなり。見る人は申すに及ばず、聞き伝へし人も、心を懸けずといふ事なし。されば情も色深く、心ざまも正しくして類なし。書写は三百坊と申せども、一千余人の老若おしなべて此の児に心を寄せざるはなし。さる程に花みつ殿の母上は本台にてまします上は、四季に従つて衣装色々をつくして、折節の雑餉何に乏しき事はなし。月光殿の母上はいまだ何事も心に任せざる事なれば、引きかへたる気色なりければ、人の心の薄情さは皆花みつ殿にぞ靡きける。花みつ殿十四と申せし春の比、母上生死無常のならひなれば、既に危く見え給へば、花みつを近づけて、「我とにもかくにもなるならば、定めてあたらし殿此の家に移り給ひて、月光を世に立てらるべし、左様になるとも相構へて威勢争ふべからず。只汝は思ひ切つて法師になつて妾か後の世をとぶらはば、誠の孝子と思ふぺし。」とゆひ含め遂に空しくなりにけり。
案の如く月光殿の母上は本の家に移りて、よろづ思ふやうなり。斯かりける所に京都又乱れ、天下乱世となりしかば、国土の軍兵共京へ上りければ、赤松殿も上洛あり、岡部も御供申して上りけり。多くの日数つもりしかば、継子継母の事なれば、花みつの方へは月に一度も何事かありとだにも問はず、たま/\小袖風情の物を仕立てて上する時も、つぎなる小袖を上せけり。月光殿の方へはよき小袖を数をつくして上せけり。これは坊主の御方へ、これはこしの御方へとて、雑餉かまへ送りけり。人の心のつたなさは皆月光殿と賞翫す。されば花みつ殿は伺事につけてもよろづ物あぢきなくして、一日二日と過ぎ給ふ。岡部都より下りけるに、女房語りけるは、「花みつ殿は坊主の御方より暫くの間不興あるべし。」と語りければ、岡部思ふ様、継子継母の事なれば、空言にてもあろらむと思へども、まづ/\女の心を破らじと思へば、寺へ人を遣はして月光が方へ文を上せていふ様は、「急ぎ此の使と下るべし、花みつには思ふ仔細あり、此方より申さむ時に下るべし。」とありければ、花みつ殿、「我らこそ兄なれば、まづ文をも賜はりて下るべきに、月光が方へ御文ありて下さるゝに、何ぞ怨めしや、仰せ事のうたてさよ。」と言ひければ、月光申す様は、「定めて母の讒奏にてや候らむ。」とて、打涙ぐみいへば、花みつ殿にも、「さは候はじ、もしさもあらばよき様に申させ給へ、軈て某も下りたく候、下らせ給へば心安くて候。」とて打涙ぐみて、さすが人目も恥かしければ、露に争ふ袖の上、打添ふ母の面影の、今更いとど恋しくて、わが住む部屋に帰りつゝ、さめ/゛\と泣きければ、余所の袖までもあはれにて、皆感涙を流しけり。月光も兄の心もとなさに、泣く/\里へぞ下りける。岡部は月光が成人したるを見るにつけても、花みつかくこそあるらむ、猶も大人しくぞあるらむ、彼の母の草の陰にても、不興といふ事をさこそうたてく思すらむ、所詮寺へ上りたれば、定めて事の様は知るべし、別当に大方の事にて言ひ許して見せむずるものを、と思ひて、軈て月光を打連れて上りけり。別当いであひ、雑餉とりはやし、自余の児達も座敷に直られけれども、花みつ殿はさしいづる事なし。別当花みつに仰せけるは、「機嫌を窺ひ御身の事を申し許し進らせむ。」と言ひ慰めてありけり。岡部、所詮只今急ぎて上るも、只我が子のゆかしきにこそあれ、疾くして別当の此の事ゆひいだして許せとあれかし、思ふ事なくて酒をのみて帰らむと思へども、別当も心中に此の事をのみ思ひけれども、岡部殿の機嫌打解けぬ体を見、心をとりかねてゆひ出さざりけり。
岡部思ひけるは、無慙や此の子は別当の気にも誠にちがひけるぞ、此の者の事を一ことゆひ出されざる事よと思へば、酒も心にそまずして座敷を立ちければ、花みつは父の恋しさに鰭板の隙より次第に見送りて見れば、岡部も涙ぐみて、無慙や此の子われらを恋しと思へぱこそ、彼処の陰よりもや覗きて見るらむと、こゝかしこの隙より見るほどに、鰭板の隙より目と目と見合はせけり。岡部さればこそ此の子よと思へども、何といふべき様もなければ、さながらにて帰れば、児遥かに見送りて、稍久しく立ちて、遂に泣く/\部屋へ帰りて、つく/゛\案じて思ひ給ふ様は、われは父の不興のみならず、坊主の御心にもちがひ、憎まれ参らせてありけるものを、たとひ我が親は人のゆひなしにより不興と宣ふとも、坊主だにとりもちて御詫言あらむに、などか許されざるべけれども、坊主の御気にちがひ申すによりてこそ、これ程にうたてしくあるらめと思ひ入りければ、われは今は母親はなし、父親はあれども不興の咎を蒙りて、師匠にも憎まれぬる上は、うき世にありても何かせむ、とにもかくにもなるより外はと思ひ、召使ふまつわう丸を呼びて、「大ふしゝう二人のこしの方へ、「此の夜この月の面白さに社に参り申し、面々諸共に月を眺めて、御心をも慰めばやと思ひ立ちて。」と宣へば、二人同じく、「易き事。」といふ儘に、二人が一人は前に、一人は後に立ち、まつわう丸を引具して、如意輪堂に参りけり。折節人もなかりしに、比は八月十五夜中の事なれば、茅店まさに明らかにして、板橋おのづから静かに、松風颯々と吹いて谷川の声りん/\と響きけるは、言語道断の次第なり。皆もろともに心を澄まして、いと信心に念誦し、その後はこし方行く末の物語どもまで言ひ出して、涙を流し、仮令月影も児の袂に浮ぶ程に見えければ、二人の法師怪しく思ひて、児の心を慰めむとて、「何事にても候へ、われ/\かくて候上は御心安く思召せ、心を残さず承り候へ、御里の様の事は、今一旦の人の申しなしにてぞ候らむ、やかて思し直さるべし、其の外は何事をか御心にかけさせ給ふべき、いかやうの御事なりとも、我等に深く御心を残させたまふな。」と申せば、児も暫く打案じて、「今は何をか包むべき、母にて候ひし人世にありし時は、坊主も人々もわれ/\をいかゞとし給ひしが、今此の頃は人々の心も変り候、面々様ばかりこそ、われらを不便と思召し候へ、それのみ御嬉しく候、情にて候。」とて、かきくどき宣へば、二人諸共に袖をぬらしけり。
稍久しくありて、「所詮面々に申したきこと候、聞召し入れ候はば申すべし、一大事の事にて候。」といへば、「何事をか仰せを背くべきと、一命をすつる事にても候へ、露塵とや思ひ候べき。」と、誠に思入つたる体に申せば、「さては嬉しく候、誠の御志とはかやうの御事を申し候へ。」と、ねんごろに喜びて、「たとへば弟の月光討つて賜はり候へと、これこそ一大事の御用とは申し候へ。」といへば、二人返事に及び難く、赤面してあり。児、「さればこそこれはよもと思ひつるものを、心易くゆひ出したる口惜しさよ、此の事漏れて聞ゆるならば、坊主にも里にもさこそあらめ、今はなかの坊へも帰るまじ。」といへば、とかくする程に、「夜も更けゆき候に、皆々御帰り候へ、御名残をしくは候へども、とても長らへて添ひはて申すべき身とも思ひ候はねば、われはこれよりいづくの浦曲の末、山の奥までも、身をすごし候べき、さすが棄て難き命にて候へ、長らへて候はば互に見え申すべし、もし露の身のならひにて、消えぬと聞召し候はば、後の世を頼み入り候。」といへば、此の児は一定自害をすべき、さなしとて此の人を失ふぺきにあらず、火に入るも水に入るも前世の因果なり、二人の児をば孰れとも思はねども、そも此の児を無体に失はむより、彼の月光をこそ兎にも角にもなし参らせむとて同心し、思ひ切りて、「さらば仔細なし。」と領承し、花みつ殿涙を流し、「さこそ面々、不得心に思召し候はむ、御心中ども恥ぢ入り候。よしそれも今はいらぬことなり、さてもいつといへば、児は我が所へ十六日に定めて来り候はむ時、われ声もせずしてゐ候べし、帰り候はむ所を討たせ給ひ候へ。」といへば、「仔細なし。」と領承す。さらぱとて皆々夜こめて帰りけり。二人の法師は一所にゐて、「さてもうき世の習ひとて、斯かる憂き目を見む事よ、さりながら力なし、後の世をこそ弔ひ申すべけれ。」とぞ言ひける。児はわがやに帰りけり。露消えむ花の朝顔いつまでと、はかなき命ありあけの、月も傾く名残にて、月日を待つこそ悲しけれ。
さる程に十六日の暮方に入相の鐘もつく/゛\鳴り、月影も山の端に忍び出でもやらざるに、二人の法師は用意して、わざと具足は著ず、打刀ばかりにて、花みつ殿の局の前に立つ。花みつ殿は月光殿の姿に身をなして、暫く叩き給ひけれぱ、内より声もせざりければ、「余所へ御いでか。」と、独言をいひ帰り給ふ所を、大ふは余りの悲しさに走りより、足をむんずと抱きつく。しゝうは思ひ切らではとて、肘のかゝりを二刀さしてすて奉る。二人の者泣く/\帰りて、扠も/\我は情なき事をしたるものかな、法師の身にて児を殺害する事は例なき次第なり、但し後の世をとぶらひ申すぺしとて、泣き悲しむ所に、こはいかにしつる事ぞや、花みつ殿を今宵人の殺したるぞとて、上下騒ぎければ、二人の法師これを聞き、見紛ひてぞあるらむと思ひながら、行きて見れば花みつ殿なり。さては此の児にたばかられてこそとて、二つともなし、自害するより外はなしと思ひ切りて、二人の法師は、「今は何をか隠し申すべき、花みつ殿をば我等二人が殺し申すなり、いつぞやの頃本堂にて我等を頼み給ふやうは、弟の月光を害してくれよ、其の仔細は余りに母のうたてしく我に当り給ひ候事の憎ければ、子を殺して思ひ知らせむとありければ、かく仕り候。」といへば、別当何事かわが心中に変り候べき、さこそ/\思はせ給ふらむ、此の老僧をさへ打棄て給ひ、自害をし給ひ候はば、悲しみの中の悲しみを、何となれとか思ひ給ひしやらむ、今は只いかにも共々に此の人を弔ひ申すべけれ。」と宣へぱ、これ又たゝなかなり。
かかりける所に月光殿、「此の事は面々の道理なり、花みつ殿と我と比ぷれば、月光をこそ失はむめと思召し候心中御ことわりなり、我におきては更に怨みとも思ひ候はず、今は只われらもとも々にいかやうにもとぷらひ申すべし。」と、泣く/\宣へば、これ又理をわけて宣ふものかなとて、自害をばやみぬ。たゞ一筋にきやうをしたてまつりて、その後発心修行をも仕り候ぺけれと思ひ直し、二人の法師別当ともに死骸をとり、孝養せむとしける。泣く/\別当申されけるは、「此の児十歳といひしとき親父に請ひ申し、十六歳の今に至るまで露愚かなく育て奉るに、かやうに憂き目を見せ給ふ事の悲しさよ。」と欺きたまへば、一山の老若は申すに及ぱず、賤しき者までも皆感涙を流しけり。さる程に文共数多あり。一の文は坊主の御方へとあり。見れば幼少の時より今まで人となされ参らせ候へば、朝夕御手をも引きまゐらせ候と思ひ、又後の世をも弔ひ申さむと思ひて候ひしかど、かやうにことの外なる有様、誠に生々世々の御怨みとこそ思ひ候へとて、二首の歌あり、
花はちり跡はさびしくなりぬればしもうらめしき心こそすれ
さこそなほ月をぞ人のもてあそぶ花はあだなる物と思へば
又一つの文は大ふ、しゝう殿へとて、さても御手にかゝりかやうになり候こと、後の世をぱ頼み入り候とて、二首の歌あり、
久方のあま照る月に名をとめて散る花みつとたれか言はまし
二つあらば一つの命のこしおき君がなさけを思ひ知らばや
又一つの文は月光殿へとあり。又もなき兄弟にかやうになりゆき候へば、さこそ思はせ給ふらむと、それのみ心にかゝり候とて、一首の歌あり、
花の雪風に散りなば月ひとり残らむ世こそ羨ましけれ
又一つの文御父の方へとあり。言葉はなくて歌ばかり、
をしまれぬ身は山陰のさくら花散るともたれか哀れとは見む
斯様に書きおかせ給ひける程に、此の由を里へ告ぐる程に、岡部さればこそ不思議の事いできけると思ひて、急ぎ寺へ上りければ、是非の次第なか/\言葉に及ばざりければ、孝養営み、空しき野辺の夕煙となし、月光、大ふ、しゝう殿、まつわう丸ともに行きがた知らずなりにけり。別当も又うき世にありても何かせむとて、ある山深く閉ぢこもり、行ひ澄しておはしけり。さる程に岡部も花みつには死して別れ、月光には生きて別れ、彼是せむ方もなければ、髻を切りて猶も子どもの行末の悲しさに、別当の住み給ひける山の奥を尋ねゆきて、花を摘み香を焚き薪を採り水を汲み、亡者の菩提をとぶらひけるは、現世後生の然るべき善知識とぞおぽえける。
月光、大ふ、しゝう、まつわう丸四人の人々は、高野山へ上り奥の院近く閉ぢこもり、難行苦行してむにんの御あとをとぶらひけるこそやさしけれ。昔より今に至るまで継子継母程うたてしき事はなしと言ひ伝へたり。さりながら順縁逆縁皆仏菩薩の御方便なれば、此の人々の発心修行しけるも、誠に頼もしく有り難くこそ思ひはんべりけれ。
末の露もとの雫や世の中の後れ先だつならひなりけり
よもの海浜のまさごを数へつゝ君が千年のありかずにせむ
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深沢秋男 MAIL: kinbun@rivo.mediatti.net
菊池真一 MAIL: kikuchi@konan-wu.ac.jp